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東京地方裁判所 昭和24年(モ)123号 判決

【主文】

申立人の申立はこれを却下する。

訴訟費用は申立人の負擔とする。

【理由】

被申立人(債權者)から申立人(債務者)に對する申立人主張のような理由に基く東京地方裁判所昭和二十三年(ヨ)第五六一號假處分命令申請事件において、同年四月十四日申立人主張の如き假處分决定がなされたこと及び被申立人が申立人主張の如き業務を主たる目的としていることは當事者間に爭いがない。

申立人は、被申立人の本件假處分は金錢的補償によりその終局の目的を達し得るから、保證を條件として取消し乃至は無條件使用を許すことに變更さるべきであると主張する。なる程右假處分が取消乃至は變更され、申立人が本件土地に建物を築造したり、本件建物を改造したりして、右土地建物の現状を變更しても、申立人が本案敗訴の場合右地上建物の收去に要する費要及びその收去のために要する期間、被申立人が蒙むることあるべき凡ての損害を擔保する相當の保證を立てておけばそれで被申立人の申立人に對する右土地明渡請求權の保全の目的は達せられる筈である、と理論上は言い得るようである。

然し本件のような建物收去土地明渡請求權保全の假處分において、將來本案判决の執行に際し、その地上建物の收去に要する費用や期間は申立人の今後における現状變更の〓度如何にかかることでこれにより被申立人が蒙ることあべき損害額を今から予測することは至難である。のみならずもし申立人が本案判决確前に本件土地堅固な建物を築造してしまつたような場合を考えると、申立人敗訴の場合これを取毀すことは國家的經濟上大きな損失をもたらし、又申立人自身の蒙むる損害も余りに甚大なものとなるべく、そうなると、たとえ被申立人の本案請求が正當と認められるときでも、事情によつてはできればそうした結果を避けたいという國家經濟的顧慮から和解調停等が試みられ、そのため自然本案訴訟の判决自體が遲れがちになるばかりでなく、場合によつては被申立人としても前同樣の顧慮から、も早この建物收去土地明渡自體は本意ならずもこれを諦めざるを得ないというような事態に陷入ることも、現實の問題としてその恐れなしといゝ得ない。

尤もそういう場合でも、又その他本件土地明渡の執行が万一不能になつても、被申立人は前記の如く不動産の賣買賃貸等を主たる目的とする會社であること、そして本件土地も罹災前被申立人はこゝに貸家を所有してこれも他に賃貸していたという被申立人の主張に徴すると、もし申立人において右土地全部の價額に相當する保證を立てゝおくなら被申立人はその保證から右土地明渡の履行に代る損害の賠償を得ることによつて明渡を執行するのと殆んど同一の目的を達し得るものとも言い得るようである。

然し現在のように物價の變動が烈しい經濟情の下では將來における明渡不能の場合の土地の價額を今から予想すること亦必すしも容易でないのみならず、成立に爭いのない乙第七・八・三十六・三十七・四十二號證、一應成立を認め得る乙第十五・十六號證の各一・二第十七・十八號證、第十九號證の一・二第三十一乃至三十三・四十號證の各記載を總合すると、本件土地の一部については罹災前の右地上家屋の借家人であつた訴外谷恭助その他二、三の者から被申立人に對し臨時處理法に基く優先借地の申出をしており、殊に谷と申立人との間には本件建物の敷地の部分につき互いに借地權を主張して爭いの存することがうかゞわれるので、もし本件土地の明渡が不能ということになると、當然被申立人から谷に對する賃貸義務の履行も出來なくなり、その結果谷に對してどんな損害を及ぼすことになるか分らない。從つてこういう場合には唯被申立人の請求權について金錢的補償が理論上可能であるというだけの理由から保證を條件に假處分の取消又は無條件使用を申立人に許すことは妥當でなくこれを許すがためにはその他に尚申立人側においても本件假處分により特に著しい損害が予測されるような特別の事情の存することを要するものと解する。

よつて申立人が本件假處分により回復しがたい甚大な提害を蒙つているか否かを按ずるに、この點につき申立人は先ず、本件建物を再生鐵線の伸延工場にしようと企圖してその凖備中本件假處分のため右企圖が中止のやむなきに至り非常な損害を蒙つている旨主張する。

然し本件假處分は現状不變更を條件として申立人にその使用を許しているのであるから、申立人は少くとも從來通りの營業を繼續し得る筈であり假に新規の企圖は一時中止のやむなきに至つたとしても、本案で勝訴すれば又これを續行し得るわけであり、その間ある程度事業の發展收益の增大を阻止される損害は推察するに難くないが、それはこの種假處分の結果通常生ずべき損害というべく、本件に限り特に異常に甚大な損害を生ずるという特別の事情は疏明されない。申立人が本件において主張する異常に甚大な損害は主として本件土地建物が使用出來ないことから生ずるそれであつて、これは申立人に現状不變更を許している本件假處分决定自體から直に生じたものではなく次に述べる如き事情で執行吏が債務者に現状變更の行爲があつたとしてその使用を禁止するに至つたことによるものであり、本件假處分决定自體には保證を條件として、これを取消乃至は變更するを相當とするような特別の事情があることをうかがい得ない。

成立に爭いない乙第二十乃至三十、四十一號證甲第十二、十三號證昭和二十三年十一月四日撮影の現場の寫眞であること爭いのない乙第九乃至十一號證を綜合すると、一應次のように認定される。即ち、本件土地建物は昭和二十三年四月十五日假處分决定の執行の結果、一たん執行吏の保管に移された上、その現状を變更しないこと、特に右地上に工作物を築造しないことを條件として申立人にその使用を許された。

それなのに申立人は昭和二十三年十月頃、右地上に木造トタン葺の湯殿一棟(約二坪四合)と堀立小屋の物置三軒(約四坪半と約三坪と約二坪半)を築造し、本件建物の杉皮葺の屋根をトタン葺に改築し、その表と裏の出入口を改造して表入口に嚴重な扉を設けた。

執行吏は被申立人の申請にもとずき、同年十一月四日點檢の結果これを假處分决定にいわゆる現状の變更を認め、申立人に對し右湯殿や物置の除去を諭告したが、申立人においてこれを實行しなかつたので執行吏は同年十二月二十三日、同三十日、同三十一日の三日に亘つて右湯殿や物置を除去し、なお被申立人の上申にもとずき、本件土地建物に對する申立人の使用を禁止することゝし、昭和二十四年一月十三、十四日の兩日に亘り本件家屋内の動産全部を搬出して空家とし執行吏の現實占有に移し更に同年四月十二日から同十四日までの三日に亘り本件土地上の動産全部を搬出して空地とし執行吏の現實占有に移した、とこう一應認められる(尤もこの土地建物が執行吏の點檢により、その現實占有に移された點は當事者間に爭いがない)

そして申立人が右の如く假處分中の本件土地建物につき杉皮葺の屋根をトタン葺に改造したり、同地上に湯殿等を築造したのはそれ以前の状態に比して明らかに本件建物收去土地明渡請求權の實行を困難ならしめるもので、假處分决定にいわゆる現状を變更したものというべく、現状不變更を條件として申立人に使用を許すことを命ぜられた執行吏がこの决定に背く申立人の使用を禁止してこれを自己の現實占有に移したことには一應別段の違法不當がないものと思われる。

申立人は本件建物が假建築物で昭和二十三年春以來の數次にわたる大風雨の結果杉皮葺の屋根痛く破損し、雨漏りが甚しくなつたのでこれを修理した旨主張するが、右屋根の破損が杉皮葺を全くトタン葺に改造しなければならぬ程に甚大であつたこと、換言すれば杉皮葺をトタン葺にかえたことが本件建物の維持保存上どうしても必要なものであつたことはこれをうかゞうに足る資料はない。

元來雨漏りの修理というような建物の保存に必要な限度の修繕工事の如きはもとより本件假處分决定の禁止するところではないが、右認定の申立人の施行した屋根の改造は修理に必要な程度を越えているものと認むるの外なく、かような程度を越えて明らかに現状の變更をきたすような改築工事を施行するためにはすべからく事前に假處分異議乃至は取消訴訟により右决定の取消乃至は變更を求めた上これをなすべきものであることは勿論である。

ところが申立人は本件土地建物につき、そうした適式の手續きをふむことなく、假處分决定に背いて前記改築工事その他の現状變更を敢行したものであり、その際申立人において、右のような手續をふむ余裕のない程事態が切迫していた事情もうかゞい得ない。

とすれば、その結果として、申立人が右土地建物の使用を禁止されることになり、そしてそのため異常の損害を蒙ることになつたとしても、それは本件假處分决定本來の内容を執行の結果生じたものではなく、かえつて申立人が右决定の趣旨に違背した不當な行爲をなした結果自らこれを招いたものというべきである。要するに本件假處分决定は被申立人の請求權を保全するにできるだけ申立人に損害を與えることの少ないよう最も適當な方法を定めたのであつて、前に認定の如く、申立人はこれにより別段異常の損害を蒙むるようなことはなく、從つてこれが取消乃至は變更を求め得べき特別の事情は存しないのである。それなのに申立人が自らその决定に違背してその結果として異常の損害を蒙むる事態を招來しておきながら、これを特別の事情として右决定の取消を求めるが如きは條理に反し到底許容しがたいところである。

尤も申立人が假處分决定に背いて現状を變更した行爲の不當はとも角として、右土地建物の使用を禁止された結果もし申立人がその主張のように本案で勝訴しても回復しがたい程そんなに甚大の損害を蒙り且申立人が既にその非を反省して將來再びこうした過ちを繰返す恐れがないならば、それなのに、なおいつまでも右土地建物の使用を全面的に禁止して申立人に過當の損害を蒙らしめる如きは假處分の性質上その執行方法として必要の程度を越える稍、ゆき過ぎの處置といえよう。

然しそれならば申立人としては執行方法に關する異議の申立によつてその救濟を求めるべきで本件假處分决定自體はついにこれを取消乃至は變更すべき何等特別の事由を存しないものといわねばならない。

よつて右决定自體の取消變更を求める申立人の本件申立は失當としてこれを却下すべく、訴訟費用の負擔につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文のように判决する。

裁判官 岸上康夫 武藤英一 緖方節郞

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